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まだ腹の中に残ってて怖い

好きな作家が立て続けに新作を3冊出した。厳密にいうと既刊の完全版が2冊と、描きおろし付きの短編集が一冊である。

しばらく本が読めずにいた。とにかく億劫で眠くなる。学生時代は図書室の年間貸し出しランキングにランクインするレベルで読んでいたのだが、スマホを手にしてから小説はSNSのものしか読まなくなっていた。

久しぶりに出た新刊にやや強引に引き寄せられる形でページを開いた。

愕然とした。

目が滑る。いや、一生懸命目を滑らせようとしているのだ。

ひとつひとつの言葉に集中しないように。言葉に引き寄せられないように。

とにかく言葉を受け入れないように。ため込まないように。

私は言葉を受け入れられない身体になっているようだった。

 

三年前、人生でほとんど初めて「そんなことあったっけ」という言葉を口にした。

物事を忘れるようになった。

忘れたことも忘れるようになり、体調がどんどん回復していった。

言葉は聞き流すもので、いつ聞き逃してもいいくらい同じ話をずっとしている芸人のラジオを何本も聴くようになった。

記憶の容量を超える言葉を摂取することで、だれが何をいつ喋ったかをどんどん忘れ、私の中で言葉は消費するものになったのだとおもう。

 

小説はそうはいかない。一対一。受け入れるしかない。

ゴールが分からない話を自分の目で見届け続けなければならない小説の中の言葉はひどく重く、一つ一つについて考えざるを得ない。

同じ話は繰り返されない。記憶して読み進めなければならない。

言葉を受け入れねばならない。

ものすごく不安になった。そわそわして、据わりが悪く、自分の準備ができていない感じがずっと体を包んでいた。

血流が妙によかった。

 

一時間のうちにどうにか読み終えて、すぐに本を閉じた。

一時間で読み終わるものでも、一時間で読み終えていいものでもないのかもしれないが、私が言葉を記憶して見届け続けるのはこれが限界だった。

 

とにかく、どうにか私の読書生活は再開された。

未だ不安感が消えずにそわそわしているが、どうにか、どうにか再会し続けたい。